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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2985号 判決 1966年10月26日

控訴人 三井信越

補助参加人 株式会社日本相互銀行

被控訴人 高橋卯之助

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金三一五、〇〇〇円及び右に対する昭和三五年四月二九日以降完済に至る迄年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、本位的請求として、主文同旨の判決と、予備的請求として、「被控訴人は、千葉市幕張町五丁目四〇八番地所在家屋番号同町一〇一四番の五、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一四坪七合五勺の建物につき、千葉地方法務局昭和三五年二月五日受付第二、一〇四号をもつてなされた競落許可決定を原因とする訴外宮沢漸の所有権移転登記が抹消されることを条件として、控訴人に対し、昭和三〇年二月二日贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決と控訴人の予備的請求に対し、請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の関係は、次に附加、訂正する外は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

附加訂正する点は次のとおりである。

一、控訴代理人の陳述

(一)  被控訴人は、昭和三〇年二月二日、成立した調停により、控訴人に対して、請求の趣旨記載の建物(以下本件建物という)を贈与した。そこで、仮りに被控訴人が控訴人に代位して日本相互銀行に対してなした二六万一、七〇〇円の弁済供託によつて同銀行の有していた右建物上の根抵当権が消滅したとすれば、被控訴人は、これを理由として訴外宮沢の競落許可決定を原因とする右建物の所有権移転登記を抹消し、被控訴人の所有名義を回復した上、控訴人に対し、贈与に因る所有権移転登記手続を為すべきである。よつて、予備的請求の趣旨記載の判決を求めるものである。

(二)  原判決三枚目表四行目から五行目中「千葉県千葉郡幕張町馬加四〇八番地」とあるのを「千葉市幕張町五丁目四〇八番地」と改める。

二、補助参加人の主張

補助参加人は、昭和三〇年八月二四日被控訴人主張の弁済供託金二六万一七〇〇円とその利息金五二二円との合計金二六二、二二二円を受領したが、当時参加人は被控訴人と協議の結果、

(イ)  本件建物と共同担保になつていた被控訴人所有東京都千代田区飯田町二丁目一番の七宅地二〇坪二九に対する根抵当権設定登記だけを抹消すること。

(ロ)  本件建物に対する根抵当権は存続させるが競売申立は一応取下げること。

(ハ)  補助参加人の受領した金員は債務者三井建築金物株式会社が補助参加人に対し負担する債務金の内入弁済とすることの約束で、受領したものであつて、本件建物に対する根抵当権は存続していたものである。従つて該抵当権の実行に因り競落人となつた宮沢漸は、有効に本件建物の所有権を取得し、被控訴人はこれを喪失したものである。

三、証拠<省略>

理由

一、昭和三〇年二月二日被控訴人を申立人、控訴人を相手方とする東京簡易裁判所昭和二九年(ユ)第二六七号家屋明渡等調停事件において、

(1)  控訴人は、被控訴人所有の東京都千代田区飯田町二丁目一番地所在家屋番号同町一三番木造スレート葺二階建店舗一棟建坪一二坪七合五勺二階一二坪七合五勺(以下「乙建物」という)を権原によらないで占有していることを認め、これを同月末日限り、被控訴人に明渡すこと。

(2)  被控訴人は、控訴人が昭和二七年五月一六日、被控訴人所有の本件建物を根抵当として、株式会社日本相互銀行から借り入れた債務元金二〇万円の元利金及び遅延損害金を控訴人に代位して弁済し、右銀行をして千葉地方裁判所昭和二九年(ケ)第八五号不動産競売事件の競売申立を取り下げさせ、且つ、その根抵当権設定登記の抹消登記手続をなした上、本件建物を控訴人に贈与すること。

等の内容を有する調停が成立したことは当事者間に争がない。

二、而して、成立に争がない甲第二、三号証、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一、二、乙第一、二号証、第六号証の一、二、丙第二号証、原本の存在並びに成立に争がない丙第一号証に当審証人矢口隆利の証言により真正の成立を認める乙第三号証、原審証人和田二三夫原審並当審証人山口輝久、当審証人矢口隆利の各証言及び原審における控訴人本人尋問の結果、原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実即ち

本件建物は、もと控訴人の妻である三井頼子の、乙建物は、もと控訴人の、東京都千代田区飯田町二丁目一番の七宅地二〇坪二合九勺(以下「甲地」という。)は、もと控訴人が代表取締役をしていた三井建築金物株式会社(以下単に「三井建築」と略称する。)の各所有するところであつたが、三井建築及び三井頼子は、昭和二七年五月一六日、株式会社日本相互銀行(以下単に「日本相互」と略称する。)との間に三井建築が相互掛金契約、無尽契約による給付、又は貸付、手形貸付、及び手形割引その他の方法により、日本相互に対し負担し、または負担すべき現在及び将来の債務を担保するため、本件建物及び甲地に、債権元本極度額金二〇万円、利息年一割二分、期限後は一〇〇円につき五銭の割合による遅延損害金を支払う旨の第一順位の根抵当権を設定し、本件建物につき昭和二七年六月二日甲地につき同年五月一九日、それぞれその旨の登記を了したこと、その後昭和二七年五月七日控訴人は、被控訴人に対する金七〇万円の債務を担保するため、本件建物及び甲地、乙建物を被控訴人に譲渡し、控訴人が右金七〇万円の債務を、昭和二九年五月末日迄に完済したときは、被控訴人は控訴人に対し無償で右各物件を返還することを約し、昭和二八年五月一二日、同二〇日、同二一日それぞれ所有権移転登記を経由したが、控訴人は、右期日までに右債務の履行をしなかつたので、被控訴人において本件建物及び甲地、乙建物の所有権を確定的に取得したこと、

ところで、日本相互は、三井建築との前示契約に基く元利金債権が昭和二八年九月三〇日現在において金四三万五〇〇〇円に達したので、同日これを目的として、弁済期昭和三二年一月三〇日、利息は別に定めることゝし利息の支払を怠つた場合においては当然期限の利益を失い日歩五銭の割合による遅延損害金を支払う約の消費貸借契約を締結し、同年一一月一七日その旨の公正証書を作成したこと、

その後、日本相互は、昭和二九年一一月一一日、前記公正証書に基く、貸付残元金の内金二〇万円及び右に対する昭和二八年一二月一日から完済に至る迄日歩五銭の割合による損害金債権について、本件建物につき、抵当権実行のための競売の申立をなし、(千葉地方裁判所昭和二九年(ケ)第八五号事件)同裁判所は、同月一三日その競売開始決定をなし、該競売手続進行中被控訴人は東京簡易裁判所に控訴人を相手方として調停の申立をなし、(同庁昭和二九年(ユ)第二六七号事件)昭和三〇年二月二日、前記のような内容の調停が成立したこと、

そこで、控訴人は、右調停条項に従い、直ちに乙建物を明渡し、被控訴人は、弁譲士成瀬芳之助を代理人として、昭和三〇年六月初頃、日本相互に対して、右競売申立債権額、すなわち元金二〇万円と、二ケ年分の遅延利息と競売申立費用を控訴人に代位して支払うから競売申立の取下をして呉れるよう要請したが、日本相互は、当時の残元金四一万二五〇〇円と遅延利息全額の弁済を要求し、被控訴人の要請を拒絶したゝめ、同弁護士は昭和三〇年六月一〇日東京法務局に対して、本件建物及び甲地の所有者として、主債務者である三井建築に代位して、残元金の内金二〇万円とこれに対する昭和二八年一二月一日以降昭和三〇年六月一〇日までの日歩五銭の遅延損害金五万五七〇〇円と競売予納金六、〇〇〇円合計金二六一、七〇〇円の弁済供託をしたこと、而して、同弁護士は、その後日本相互に対し、右供託金をもつて弁済に充てるから緊急の必要がある甲地に対する根抵当権を抹消してもらいたい、本件建物は目下必要がないから、これに対する根抵当権は存続させることとしてその競売は一年位猶予せられたい旨を申入れ、日本相互としては本件建物又は甲地の何れに対する根抵当権の設定登記を抹消してもよかつたのであるが、昭和三〇年八月二二日甲地に対する根抵当権設定登記の抹消と前記競売申立の取下げを承諾し、右供託金とその利息合計金二六万二二二七円をもつて弁済を受けるとともに同月二四日前記競売申立を取下げ、同月二九日甲地に対する根抵当権設定登記の抹消登記を了し(右競売申立の取下及び登記抹消の事実は、当事者間に争がない。)その頃右土地及び地上の乙建物を代金一一五万円で他に売渡したこと、日本相互はその後前記公正証書に基く残債務の弁済を待つていたがその弁済がなく同弁護士に本件建物を競売したい旨を伝えたところ、已むをえないとの回答であつたので、前示供託金等による弁済額を控除した残元金一八万一、一九三円及びこれに対する昭和二九年七月八日以降日歩五銭の割合による遅延損害金につき、昭和三三年四月二日、本件建物に対する抵当権実行のための競売の申立をなし(千葉地方裁判所昭和三三年(ケ)第二九号事件)同裁判所は、同月一〇日競売開始決定をなし競売の結果、昭和三四年四月二四日訴外宮沢漸が競落許可決定を受けて、本件建物の所有権を取得し、昭和三五年一月七日、競落代金を支払つた上、同年二月五日同人のため所有権移転登記がなされた(競売申立より登記までの事実は当事者間に争がない。)こと

以上の事実を認定することができる。

三、以上掲記の事実によれば

(一)  被控訴人は控訴人に対し、前記調停に基き履行を約束した事項のうち、控訴人が日本相互から、本件建物に根抵当権を設定登記して借入れた債務のうち元金二〇万円並びに遅延損害金を控訴人に代位して弁済し、右日本相互をして千葉地方裁判所昭和二九年(ケ)第八五号不動産競売事件の競売申立を取下げさせることは履行したが、右建物に対する根抵当権設定登記の抹消登記手続をなした上、本件建物を控訴人に贈与することは履行しなかつたこと、日本相互においては、被控訴人の前示供託金等による弁済の際甲地及び本件建物の双方に対する根抵当権設定登記の抹消は拒絶したが、その何れか一方は抹消することについては、なんら異存はなかつたのであるから、被控訴人の代理人である成瀬弁護士において、本件建物に対する根抵当権の登記のみの抹消を要求したならば、当然日本相互もこれに同意し、その抹消を見たであろう状況の下において、同弁護士が本件建物に対する根抵当権は存続させ、被控訴人が売り急いでいた甲地に対する根抵当権設定登記のみの抹消を求めた結果、本件建物に対する根抵当権の登記は抹消されなかつたこと、本件建物については、一年位競売の猶予の承諾を得、第一の競売申立を一旦取下させたものの、その後事態を放任し、日本相互よりの第二の競売申立がなされた結果訴外宮沢漸が本件建物を競落し、その所有権を取得し、その旨の登記が経由せられたものであり、

本件建物に対し根抵当権が設定登記された後に本件建物の所有権を取得した被控訴人は、抵当不動産の第三取得者として、抵当権設定者の地位を承継し、当事者に準ずる地位を有するものと解するのが相当であるので、本件の場合、日本相互は三井建築との与信契約に基く債権については、その全額について、抵当権を実行しうるものと解すべく、従つて第二の競売は、もとより有効であつて、これにより競落人たる宮沢漸は、本件建物の所有権を取得し、特段の事情の認められない本件においては、これがため被控訴人の控訴人に対する前示調停条項に基く贈与による本件建物の所有権移転義務は履行不能に帰したものと認ざるをえない。

よつて、被控訴人は、控訴人に対し履行不能による損害を賠償すべき義務があるものというべく、その損害額は、前記債務の履行が宮沢の競落により不能となつたときの本件建物の交換価格相当額であると解すべきところ、本件建物の前記競売価格が金三一五、〇〇〇円であつたことは原審証人山口輝久の証言により明らかであるから、控訴人の被つた損害は少くとも右と同額であると認めるのが相当である。

四、よつて、被控訴人に対し、右金三一五、〇〇〇円及び右に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三五年四月二九日以降完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は全部正当として認容すべく控訴人の請求を排斥した原判決は不当であるから、これを取消すべきものとし、民事訴訟法第八九条、第九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 仁分百合人 池田正亮 渡辺惺)

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